[WAN的脱原発](2)ナショナリズムと臆病者たちの未来 冨山一郎
原発事故が起きた直後から事故処理の作業のために派遣されていたある自衛官は、3月14日の夜、駐屯地から逃走した。彼はやはり、怖かったのだ。そして自衛隊はすぐさま彼を懲戒免職に処し、ネット上には「敵前逃亡!」「軍法会議にかけろ!」という言葉が飛び交った。軍隊における軍律が死への動員であり死刑宣告を含むことは容易に想像がつく。そして原発にかかわっていま日本社会に浸透し始めているのは、命をなげうって果敢に行動することが、英雄であり、逃亡することを「敵前逃亡」と見なす心性だ。原発は戦場になったのだろうか。
次第に被曝の実態が明らかになる中で、60歳以上の技術者たちが「暴発阻止行動隊」を結成したという新聞報道があった(『朝日新聞』2011年5月23日夕刊)。それは、被曝の影響と自らの寿命を天秤にかけての判断である。いま、被曝の影響が大きい若い人を守りたいというこの技術者たちの思いや、一人ひとりの判断が問題なのではない。問題は、自らの生命を犠牲にして尽くすことが、善意に満ちた美しい物語として受容されていく社会全体の心性なのだ。空虚な「がんばろうニッポン」は、アジア太平洋戦争時の「お国の為に」と結びつきつつある。そしてその結合は、生き延びることを指弾する「敵前逃亡!」の近傍に間違いなくあるだろう。戦場に登場する死刑宣告を含みこむ軍事的論理が、日常を支配し始めている。拡散し続ける放射性物質を前にして、その場に留まることが被曝を意味する以上、逃げてはダメだという論理は軍事的論理として、膨大な人々を巻き込みつつある。
だがしかし、蔓延する不安、埋めようのない悲しみを抱え込んだ人々が、それぞれの故郷から避難をはじめている。やはり怖いのだ。また自分の愛する人々の未来が奪われるのが、怖いのだ。そしてこの避難する人々に対し、あの「逃げるな」という言葉が投げかけられている。
*****
いま、復興と避難は明確に対立し始めている。そして必要なことは、声高に復興を叫ぶことではなく、留まる者たちと共に脱出を考え、それを言葉にしていくことではないだろうか。不安を押し殺しながら、それを誰かに仮託して排撃し、自らは決死の覚悟を表明し、大丈夫だといい張ることではなく、共に脱出を構想すること。そしてこの脱出において最も重要なのは、脱出した者たちと留まる者たちとが、臆病者として出会うことだ。分岐は、逃げるか留まるかの間にはない。留まる者も次の瞬間には逃げ出すかも知れず、脱出する者も場合によっては留まる決意をするかもしれないのであり、不安は両者に通底している。考えるということは、この分断を横断することなのだ。
「逃げ出すのは外国人ばかり、東京は大丈夫」。原発事故が表面化する中で登場したこの発言では、脱出は外国人とされている。脱出と留まることは、軍事的論理において分断され、そこに排外主義的ナショナリズムが打ち立てられているのだ。それは、「三国人」を語る石原の論理でもあるだろう。私はこの言葉に全力で抗う。くりかえすが分岐というのは、逃げるか留まるかにあるのではなく、この軍事的論理に対してこそ引かなければならない。そして軍事的論理が日本という国家なるものとして動き出すのなら、臆病者たちはそこに留まり、留まりながら脱出する別の論理を作り上げなければならないと思う。
生にかかわる不安の拡大が、他方で死刑宣告を伴う軍事的論理に向かうのだとしたら、重要なのはこの論理から身を引き剥がし、臆病者同士の関係を作ることであり、別の世界を生み出すことだ。留まりながら脱出する者としての作業は、軍事的論理に絡みついた自らの住まう日常性を丁寧に批判していくことであり、生にかかわる不安や恐怖を、他者に仮託することなく、臆病者として受け入れながら、他者との関係として再構成し、別の日常空間を創出していくことである。それは、臆病を追放し死の覚悟を誓うのではなく、臆病ゆえに傷つくことを恐れ、そうであるがゆえに人を殺すことを恐れる者たちが社会を構成していく、そんな可能性にかけるような作業である。
またそれは、事故にかかわる政策的転換や補償問題のことではなく、常態として存在し続け、隠され続けた被曝労働者たちから、社会を描くことでもあるだろう。臆病者たちは、この労働者たちの身体に日常的に行使され続ける暴力を、傍らにいながら既に他人事ではない事態として感知するだろう。このとき、棄民とされた人々の領域とその傍らにおいて生まれる臆病者たちの不安は、言葉を獲得し、別の未来の始まりとなるに違いない。(2011/05/28)
『ハンギョレ新聞』発行『LE MONDE diplomatiqe』(韓国語版)2011年6月号に掲載
[WAN的脱原発](2)ナショナリズムと臆病者たちの未来 冨山一郎
原発事故が起きた直後から事故処理の作業のために派遣されていたある自衛官は、3月14日の夜、駐屯地から逃走した。彼はやはり、怖かったのだ。そして自衛隊はすぐさま彼を懲戒免職に処し、ネット上には「敵前逃亡!」「軍法会議にかけろ!」という言葉が飛び交った。軍隊における軍律が死への動員であり死刑宣告を含むことは容易に想像がつく。そして原発にかかわっていま日本社会に浸透し始めているのは、命をなげうって果敢に行動することが、英雄であり、逃亡することを「敵前逃亡」と見なす心性だ。原発は戦場になったのだろうか。
次第に被曝の実態が明らかになる中で、60歳以上の技術者たちが「暴発阻止行動隊」を結成したという新聞報道があった(『朝日新聞』2011年5月23日夕刊)。それは、被曝の影響と自らの寿命を天秤にかけての判断である。いま、被曝の影響が大きい若い人を守りたいというこの技術者たちの思いや、一人ひとりの判断が問題なのではない。問題は、自らの生命を犠牲にして尽くすことが、善意に満ちた美しい物語として受容されていく社会全体の心性なのだ。空虚な「がんばろうニッポン」は、アジア太平洋戦争時の「お国の為に」と結びつきつつある。そしてその結合は、生き延びることを指弾する「敵前逃亡!」の近傍に間違いなくあるだろう。戦場に登場する死刑宣告を含みこむ軍事的論理が、日常を支配し始めている。拡散し続ける放射性物質を前にして、その場に留まることが被曝を意味する以上、逃げてはダメだという論理は軍事的論理として、膨大な人々を巻き込みつつある。
だがしかし、蔓延する不安、埋めようのない悲しみを抱え込んだ人々が、それぞれの故郷から避難をはじめている。やはり怖いのだ。また自分の愛する人々の未来が奪われるのが、怖いのだ。そしてこの避難する人々に対し、あの「逃げるな」という言葉が投げかけられている。
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いま、復興と避難は明確に対立し始めている。そして必要なことは、声高に復興を叫ぶことではなく、留まる者たちと共に脱出を考え、それを言葉にしていくことではないだろうか。不安を押し殺しながら、それを誰かに仮託して排撃し、自らは決死の覚悟を表明し、大丈夫だといい張ることではなく、共に脱出を構想すること。そしてこの脱出において最も重要なのは、脱出した者たちと留まる者たちとが、臆病者として出会うことだ。分岐は、逃げるか留まるかの間にはない。留まる者も次の瞬間には逃げ出すかも知れず、脱出する者も場合によっては留まる決意をするかもしれないのであり、不安は両者に通底している。考えるということは、この分断を横断することなのだ。
「逃げ出すのは外国人ばかり、東京は大丈夫」。原発事故が表面化する中で登場したこの発言では、脱出は外国人とされている。脱出と留まることは、軍事的論理において分断され、そこに排外主義的ナショナリズムが打ち立てられているのだ。それは、「三国人」を語る石原の論理でもあるだろう。私はこの言葉に全力で抗う。くりかえすが分岐というのは、逃げるか留まるかにあるのではなく、この軍事的論理に対してこそ引かなければならない。そして軍事的論理が日本という国家なるものとして動き出すのなら、臆病者たちはそこに留まり、留まりながら脱出する別の論理を作り上げなければならないと思う。
生にかかわる不安の拡大が、他方で死刑宣告を伴う軍事的論理に向かうのだとしたら、重要なのはこの論理から身を引き剥がし、臆病者同士の関係を作ることであり、別の世界を生み出すことだ。留まりながら脱出する者としての作業は、軍事的論理に絡みついた自らの住まう日常性を丁寧に批判していくことであり、生にかかわる不安や恐怖を、他者に仮託することなく、臆病者として受け入れながら、他者との関係として再構成し、別の日常空間を創出していくことである。それは、臆病を追放し死の覚悟を誓うのではなく、臆病ゆえに傷つくことを恐れ、そうであるがゆえに人を殺すことを恐れる者たちが社会を構成していく、そんな可能性にかけるような作業である。
またそれは、事故にかかわる政策的転換や補償問題のことではなく、常態として存在し続け、隠され続けた被曝労働者たちから、社会を描くことでもあるだろう。臆病者たちは、この労働者たちの身体に日常的に行使され続ける暴力を、傍らにいながら既に他人事ではない事態として感知するだろう。このとき、棄民とされた人々の領域とその傍らにおいて生まれる臆病者たちの不安は、言葉を獲得し、別の未来の始まりとなるに違いない。(2011/05/28)
『ハンギョレ新聞』発行『LE MONDE diplomatiqe』(韓国語版)2011年6月号に掲載
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