私がそういう議論をする下敷きとして念頭に置いているのは、ミシェル・フーコーの1979年辺りの講義録です。その頃の講義において、フーコーは、どういうわけか西ドイツのオルドー・リベラリズムと格闘しており、ミイラ取りがミイラになってしまったみたいな感じになってしまっているのです。フーコーの自由論として読んだ場合、彼が最終的にどこに行こうとしているのか、何ともいい難い部分がありますが、そこで主題化されているのは、直接にはgouvernementariteとしてのオルドー・リベラリズムなんです。統治性と訳されていますが、統治の形のことですね。営業の自由という公序が、人権の問題ではなくて、統治の問題という視角から、見られている。そうすると、公序の選択に関与するのは上か下かという問題が出てきて、いわば国家が権力的に公序を強制するのか、それとも市民社会、経済社会の側が、自分たちの秩序に合わせて国家を構成するのかという問題が生じてきます。

(『法学教室』2009年3月号38頁。)

 私がそういう議論をする下敷きとして念頭に置いているのは、ミシェル・フーコーの1979年辺りの講義録です。その頃の講義において、フーコーは、どういうわけか西ドイツのオルドー・リベラリズムと格闘しており、ミイラ取りがミイラになってしまったみたいな感じになってしまっているのです。フーコーの自由論として読んだ場合、彼が最終的にどこに行こうとしているのか、何ともいい難い部分がありますが、そこで主題化されているのは、直接にはgouvernementariteとしてのオルドー・リベラリズムなんです。統治性と訳されていますが、統治の形のことですね。営業の自由という公序が、人権の問題ではなくて、統治の問題という視角から、見られている。そうすると、公序の選択に関与するのは上か下かという問題が出てきて、いわば国家が権力的に公序を強制するのか、それとも市民社会、経済社会の側が、自分たちの秩序に合わせて国家を構成するのかという問題が生じてきます。

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